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“理想の旗”を堅持しつつ、“実現へのプロセス”を明らかに

――天皇制と自衛隊について

日本外国特派員協会での志位委員長の講演〔2003年8月4日(月)〕


 日本共産党の志位和夫委員長が八月四日、東京・有楽町の日本外国特派員協会でおこなった講演(大要)は次のとおりです。


民主主義革命論をより現実的、合理的にしあげる作業の一つとして

 ご招待に感謝いたします。主催者から私への注文は「自衛隊と天皇制」というテーマでの講演をということでした。そこで、注文にしたがって、お話させていただきたいと思います。

 日本共産党は、十一月に第二十三回党大会を招集しており、そこで党綱領改定という大きな仕事をおこなう予定です。綱領改定案はすでに公表され、全党討論が開始されています。そのための特別の雑誌も発行され、公開討論がはじまっています。

 綱領改定案には、マスコミもさまざまな注目をよせていますが、報道で共通しているのは、「共産党が、自衛隊と天皇制を容認した」というものです。「共産党は少し柔らかくなりすぎたのではないか」、「現実に妥協しすぎているのではないか」という声も一部にあります。しかし、ここには誤解があると思います。

 日本共産党は、四十二年前に現綱領を決めたさいに、日本の当面している変革は、社会主義的変革ではなく、資本主義の枠内で、国の真の独立をはじめ、あらゆる分野での民主主義を達成する民主主義革命であるということを明らかにしました。当時、世界の共産党では、「発達した資本主義国での革命は社会主義革命」と“相場”が決まっていましたから、これはたいへんユニークで、先駆的な路線でした。

 今回の綱領改定案の最大の眼目の一つは、わが党のこの民主主義革命論を、より現実的、合理的なものに仕上げるというところにあります。

 そういう作業の一つとして、自衛隊と天皇制の問題についても、これにどう対応するかについて、より具体的に書くことにしました。

 結論からいいますと、わが党が従来から掲げてきた“理想の旗”は堅持する、同時に、これらの問題を国民とともに解決していく“具体的なプロセス”を明らかにする――自衛隊と天皇制の問題についても、綱領改定案はこの立場で書かれています。

憲法九条の完全実施――自衛隊の解消が目標

 まず自衛隊についてお話しいたしましょう。

 自衛隊が、「戦争を放棄する」「戦力をもたない」と明記した日本国憲法に違反する存在であるという、わが党の認識はいささかも変わりありません。自衛隊のいっそうの増強を主張する人をふくめて、現実をみれば、あの強大な武力組織が軍隊ではないと主張できる人はいないでしょう。とうとう小泉首相までが、国会の答弁であの組織を「軍隊」と呼んだほどですから。この発言は、政府の従来の立場と深刻な矛盾をきたす重大なものですが、ともかくもこの事実を否定できる人はいないでしょう。

 そうしますと、自衛隊と憲法の矛盾を解決する方法は二つしかありません。一つは憲法を変えることです。もう一つは自衛隊の現実を変えることです。わが党は後者を選びます。

 私たちは、わが国の憲法九条の価値を、世界史のなかでも先駆的価値のある条項として高く評価しています。日本国民はもとより、アジアの諸国民のなかにも、九条にたいする評価は高いものがあります。アメリカでも、「九条の会」というグループが活動しています。私たちは、憲法九条は、二十一世紀に世界の平和秩序をつくりあげていくうえでの先駆的理念として、日本にとどまらず、国際的にも普遍的価値をもっていると信じています。

 したがって、わが党の目標は明瞭です。憲法九条を全面実施する――すなわち自衛隊の解消をはかることが、わが党の目標です。このことは、綱領改定案でも明記してあることです。

自衛隊の現状はどうなっているか――異常で深刻な三つの問題

 この問題を具体的に考えるうえで、自衛隊の現状を見てみたいと思います。この軍事組織は、たんに憲法に矛盾しているというだけではない、深刻な問題をかかえています。私は、三つの点を指摘したいと思います。

 第一に、その規模の巨大さであり、その巨大な軍隊をさらに拡大しつづけているということです。日本の軍事費は年間五兆円規模にまで膨張し、財政危機が深刻化するなかでも、ここだけは削減のメスが入らない「聖域」とされています。私は、最近、米国防総省による「共同防衛にたいする同盟国の貢献度報告」(二〇〇二年版)を読みました。そこには、二〇〇一年度の日本の軍事費は、アメリカとその同盟国の二十六カ国中「第二位をしめている」、すなわちアメリカにつぐ位置を日本はしめていると明記されています。さらに、同報告では、つぎのような印象的な記述があります。「日本の年間国防支出は一九九〇年以来二〇%増大しており、同じ時期にこの二十六カ国すべてを合わせても二〇%の減少になっていることと対照的である」。

 第二に、自衛隊が、独立国の軍隊とはいえない、異常にいびつな軍隊だということを指摘しなければなりません。すなわち、日本を守る軍隊というより、米軍を守る軍隊という性格を色濃くもっているということです。

 たとえば、海上自衛隊は、空母はもっていないのに、護衛艦(駆逐艦)を五十三隻も保有しています。一方、アメリカの第七艦隊はどうでしょうか。第七艦隊は、西太平洋からインド洋、アフリカの東海岸まで、地球の五分の一をカバーする任務をあたえられているにもかかわらず、保有している駆逐艦・巡洋艦は、わずか二十数隻にすぎません。いったい、日本の海上自衛隊が第七艦隊の二倍以上もの護衛艦(駆逐艦)を保有する必要がどこにあるというのでしょうか。これは、いざとなったら、米軍の空母を護衛することが、その基本任務となっているからにほかなりません。かつて防衛次官を務め、“ミスター防衛庁”といわれた西廣整輝氏はつぎのようにのべています。「横須賀を母港とする米空母機動部隊と、海上自衛隊の護衛艦隊は、セットで大きな効果を発揮するようになっている」。

 私が、もう一つ注目したのは、米国家安全保障会議(NSC)の日本担当をつとめ、現在ベーカー駐日大使の上級顧問(公使)をつとめているトーケル・パターソン氏が、一九九七年に「自衛隊の将来のロールアンドミッション(役割と使命)」という論文を書いていることです。この論文では、冒頭に「アラビア湾2007年」として、「十年後のシナリオ」が出ています。パターソン氏は、「予測シナリオ」としてこうのべています。「アメリカ空母『ジョージ・ワシントン』戦闘グループとともに日本海上自衛隊の二隻のイージス護衛艦がアラビア湾の哨戒に当たっている」。この論文はこの一文からはじまるのです。そうしてパターソン氏はつぎのように断言します。「自衛隊のロールアンドミッションは、アメリカを補完するものであり続けるべきである」。ここには、米国が自衛隊をどのようにみているか、何をのぞんでいるかの、明瞭な言明があります。

 第三は、海外派兵体制のエスカレートです。もともと自衛隊は「専守防衛」を看板にかかげ、海外派兵は自衛隊にとっても長い間のタブーでした。それが、九〇年代はじめのPKO法をかわきりに、九九年の周辺事態法、二〇〇一年のテロ特別措置法、二〇〇三年の有事法制、イラク派兵法と、海外派兵型の軍隊への変ぼうを急速にとげようとしています。さらにいま政府は、米軍が戦争をはじめたら、世界のどこでも軍事支援をおこなうことを可能にする、「恒久立法」を準備しつつあります。自衛隊(セルフ・ディフェンス・フォース)は、その名を「米衛隊」(US・ディフェンス・フォース)に変えたほうが、実態にぴったりくるというのが、私の実感です。自衛隊の海外派兵を拡大する動きは、アジア諸国から中東諸国まで、多くの諸国民の警戒と不安を広げているということも指摘しなければなりません。

国民の合意を尊重した、段階的解消のプロセス

 こうして、憲法と自衛隊をへだてる溝はきわめて大きなものとなりました。このもとで、自衛隊の解消をどうやってはかっていくか。わが党は、自衛隊の解消を目標とするが、その目標を一気に達成できるとは考えていません。これは、国民の合意を尊重した、段階的改革のプロセスをへてのみ達成可能となる。これが私たちの考えです。これは三つの段階に区分されます。

 第一段階は、日米安保条約が存在するもとでの改革です。ここでは、海外派兵の拡大など、これ以上の憲法じゅうりんを許さないこと、軍拡から軍縮に転換することなどが、主要な改革の課題となります。

 第二段階は、わが党も参加した民主連合政府がつくられ、日米安保条約が廃棄された段階ですが、この段階でも自衛隊をすぐに解消するわけにはいきません。なぜならば、安保廃棄では合意できても、自衛隊解消までは合意できないという国民が、この段階でも多数をしめているだろうからです。ここでは、米軍への従属的関係の解消、公務員としての政治的中立性の徹底、大幅軍縮など、自衛隊の抜本的な民主的改革をすすめることが課題となります。

 第三段階は、国民の合意で、自衛隊の解消にとりくむ段階です。民主連合政府が、アメリカとも、アジアと世界の諸国とも、平和と友好の外交関係をむすぶもとで、国民の多数が、「自衛隊なしでも日本の安全は心配ない」と考える日が必ずやってくると、私たちは考えています。その合意の成熟を待って、はじめて自衛隊の解消に着手する。これが私たちの方針です。

 こうした自衛隊の段階的解消という方針は、民主連合政府と自衛隊が、一定期間共存することが避けられないということを意味します。このことから、一つの理論的設問が出てきます。そうした過渡的な時期に、万一日本が攻められたらどうするのか。この設問に対する私たちの答えは、そういうときには、動員可能なあらゆる手段を行使して、日本国民の生命と安全を守る、あらゆる手段のなかから自衛隊を排除しない、すなわち自衛隊も活用していくということが、私たちの答えです。

 以上が、憲法と自衛隊との深刻な矛盾を、国民の合意を尊重しながら、同時に国民の生命と安全にも責任をおいながら、段階的に解決する、わが党の立場です。綱領改定案には、そのことを簡潔に表現しました。

 日本のような大きな経済力をもった国が、軍隊のない国になるというのは、世界でも非常にユニークな出来事となるでしょうが、それが現実のものとなるならば、二十一世紀の世界に大きな積極的インパクトをあたえる壮挙となることは疑いないことです。

天皇制――戦前と戦後には制度に大きな変化がおこった

 つぎに天皇制の問題について、わが党の立場をお話したいと思います。

 この問題を考えるさいには、戦前と戦後で天皇制のあり方が大きく変わったということを、正確にとらえることが、まず出発点になります。

 戦前は、日本共産党は、「天皇制打倒」を掲げた唯一の政党でした。戦前の日本は、天皇が国のあらゆる権力をにぎる専制君主でした。平和のためにも、民主主義のためにも、「天皇制の打倒」は避けることができない課題でした。この旗を掲げたゆえに、わが党の多くの先達たちは激しい迫害をうけましたが、この歴史的事実は、わが党が平和と民主主義のもっとも頑強な担い手だったということをしめすものであり、わが党の誇りであります。

 戦後は、天皇制のあり方が大きく変わりました。憲法で主権在民が明記され、天皇は「国政に関する権能を有しない」と、政治への関与をきびしく禁止されました。この制度のもとでは、かりに天皇制が存在しても、わが党が参加する民主連合政府をつくることができますし、日米安保条約をなくすことはできますし、経済の民主的改革もできます。憲法の規定にそうかぎり、天皇制の存在は、これらの改革の障害にはなりません。ですから、現綱領のなかでも「天皇制打倒」という旗はもともとかかげていないのです。現綱領でのべている表現は「君主制の廃止」ということです。「打倒」と「廃止」は、大きな違いがあります。

 今回の綱領改定案で見直したのは、「君主制」という表現についてです。君主とは、程度にちがいはあっても、統治権の全部または一部をもってこそ、君主といえます。日本国憲法が明記しているような、「国政に関する権能」をいっさい有しない君主というのは、世界に存在するでしょうか。これは世界にも存在しません。この点で、イギリスなどの立憲君主制とも、日本の天皇制は、根本的に性格がことなるのです。そういう意味で、天皇は君主とはいえないし、日本は君主制の国とはいえない。これが今度の綱領改定案の立場です。そこで、これまで使っていた「君主制」という表現は、誤解をまねくので、綱領改定案では使わないことにしました。

 

現在の態度――憲法からの逸脱を是正し、制限規定を厳格にまもる 

 それでは、現在の天皇制にたいする綱領改定案の立場はどういうものでしょうか。天皇制は自衛隊とはちがって、憲法にもとづく制度ですから、解決の方法にはことなる側面もあります。しかし、わが党の立場が将来的には「天皇制の廃止」をめざすこと、同時に、それにいたるには国民の合意を尊重したプロセスが必要であることでは、自衛隊の解決とよくにた解決の方法が必要であると考えています。

 まず現在の態度としては、「国政に関する権能を有しない」ことなど、憲法の制限規定を厳格に守ることが大切です。現状をみますと、事実上、君主のような扱いをしたり、政治的利用をはかったりなど、憲法からの逸脱がさまざまあり、これをただすことが重要です。

なぜ日本共産党は、国会の開会式に出席していないか

 たとえば、国会の開会式です。国会の開会式では、戦前の帝国議会のやり方をそのままひきついでいます。天皇が正面中央のもっとも高い「玉座」に座り、「お言葉」をたまわり、それを衆院議長が受け取り、「後ずさり」して階段をおりるという一連の儀式がおこなわれています。

 一九八〇年代に、ある衆院議長が、体調がよくなかったために、「後ずさり」で階段を降りることができず、辞任に追い込まれた事件がありました。リハーサルのさいによろめき、職員に支えられるということがあり、それがきっかけで辞任の声が高まったわけです。だいたいお年をめした方なら、階段を「後ずさり」で降りるのは、なかなか危ないことも少なくありません。天皇への「礼を失する」いう理由が、国権の最高機関の議長の進退を左右するというのは、主権在民の国の開会式として、あまりにも問題のあるやり方ではないでしょうか。

 こうした憲法からのさまざまの逸脱をただすことが、現状では大切です。わが党が国会の開会式に出席しないのは、天皇制に反対しているからではなくて、現在のやり方が、憲法に合致していないという批判からです。憲法の規定をまもる限りにおいて、わが党は当面において、天皇制とは共存するという立場を明らかにしています。

将来の態度――「民主共和国の政治体制の実現」が目標

 将来の態度はどうでしょうか。この点で綱領改定案はつぎのようにのべています。

 「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場にたつ」。

 ここでのべている「民主共和制の政治体制の実現」とは、「天皇制を廃止」した文字どおりの民主共和制をつくるということにほかなりません。

 同時に、綱領改定案はつぎのようにつづけています。

 「しかし、これは憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」。

 ここでいう「将来」とはいつのことか。これはあらかじめ決められません。決めるべきでもありません。情勢が熟し、国民の合意が熟したときというほかには、あらかじめスケジュールをたてないということが、賢明だと私たちは考えています。

“理想の旗”と“具体的プロセス”とむすびつけて

 以上が「自衛隊と天皇制」についての綱領改定案の立場です。

 私たちは、どちらも“理想の旗”を堅持します。同時に、国民合意で国民とともに解決していく“具体的プロセス”を明らかにした。ここに核心があります。“理想の旗”と“具体的プロセス”−−これは綱領改定案が提起している他の問題でも共通するわが党の態度だということを最後に強調し、結びとしたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。(拍手)

参加者との一問一答から

自衛隊をなくす現実的な展望はあるのか

 質問 自衛隊の問題で、日本共産党の立場は、あまりにも理想主義の香りが強すぎるのではありませんか。警察が必要であるのと同じように、軍事力はどうしても必要なものではありませんか。

 志位 私たちは、まず憲法九条の先駆的価値という問題から自衛隊の問題をみています。同時に、現実的な可能性ということも考慮しているのです。いまの設問は、現実の問題として軍隊がなくてもやっていけるような環境がつくれるのかということをふくんでいると思います。私たちがこの問題を考えるときに、日本が置かれている地政学的な位置も念頭においています。

 日本のまわりを見渡してみますと、五つの国・諸国があります。まず海をはさんでアメリカです。北をみるとロシアです。隣国として朝鮮半島の二つの国家があります。西には中国があります。南をみると東南アジアです。この五つの周辺の国・諸国と、民主連合政府が平和・友好の関係をつくることは現実的な可能かという問題が、具体的には問題となります。

 現状でいっても、日本とロシアとの関係、中国との関係、東南アジアとの関係には、軍事力の衝突につながるような何の問題もありません。海をはさんだアメリカとの関係ですが、安保をなくしても私たちは反米の立場をとるものでは決してありません。日米友好条約をそれにかえてむすぶということが、私たちの方針です。いかに日本共産党が参加した政権ができたとしても、アメリカが日本を侵攻するというのは想定できないでしょう。

 北朝鮮との関係正常化は、未解決の問題です。この問題について私たちは、核の問題でも、拉致の問題でも、平和的・外交的手段での包括的解決を求めています。当面の交渉の推移がどのようなものになるのかは予断をもっていえませんが、長い目でみればこの問題についても、解決にむかうという展望をもってよいでしょう。

 そうしますと五つの国・諸国と平和の外交関係を結ぶというのは、かなり現実的な展望ではないでしょうか。そういう平和と安定の環境がつくられるなかで、国民の多くが、「軍隊なしでもやっていける」と考える時代がくる――理想が現実になる時代がやってくるというのが、私たちの展望です。

総選挙の目標と、民主・自由の合流問題について

 質問 総選挙での共産党の目標はどういうものですか。また、民主党と自由党との合流について、共産党はどうみているのですか。

 志位 今度の総選挙の私たちの目標は、現有議席を必ず確保し、さらに上積みをめざすということです。それを十一の比例代表ブロックのすべてで果たしたい。さらに小選挙区では現在議席をもっていませんが、議席をえられるように挑戦をしたい。

 民主党と自由党の合流問題については、現在進行形ですから、なかなかコメントは難しいものがあります。合流した党が、自民党政治のどこをどう変えようとするのか、どういう旗印を立てるのかを、注視したいと思います。

 わが党との関係では、これまでも国会内での野党共闘は、さまざまな形でおこなってきました。最近でいえば、イラク派兵法案に共同で反対したり、小泉内閣の不信任案を共同で提出したりなどです。こうした国会共闘は、今後も大切にしていきたいと考えています。

 同時に、国の進路をめぐっては大きな立場の違いがあります。一番大きな違いの一つは日米軍事同盟にたいする態度です。私たちは、この異常な従属体制を打ち破って、日本がほんとうの独立国になることが、焦眉の急務だと考えています。日本政府のイラク戦争支持にみられる態度、日米の経済関係のゆがみ、あらゆる分野で日米軍事同盟は、従属関係の根源にあります。日米を「イコール・パートナー」にするうえで、この体制をなくすことは避けてとおれません。こうした問題をはじめ、民主党との間には、大きな路線上の違いがあります。路線上の違いは、野党間でも議論・論戦をしたいと思います。ただ、これは、さわやかにやりたいと思います。

 わが党は、綱領改定案で明らかにしている国の進路の根本的な改革の旗印を掲げて自民党政治の打破に全力をあげます。それぞれがそれぞれの立場で、自民党政治の打破の流れをつくっていけばいいのではないでしょうか。日本には「棒倒し」というゲームがあります。いろんな方向から力をくわえることが有効であることもあります。 

 

「共産党」という党名について

 質問 「共産党」という党名を変える考えはありますか。またイラクの派兵についてどう考えますか。

 志位 党名についていえば、私たちは、党名というのは、党の終局的な理想を掲げることが、一番正直なやり方だと思っています。

 はたして、二十一世紀も永久に資本主義というシステムが続くでしょうか。私たちは資本主義というのは人類が到達した終着駅ではない。終局的な制度ではないと考えています。

 このシステムのもとでは避けられない矛盾があります。たとえば貧富の格差の拡大です。これは地球的規模でも、各国の内部でも、劇的なスピードですすんでいます。それから不況と失業です。失業者の増大にたいして、それを根治する処方箋を、資本主義はしめせません。そして地球環境の破壊です。CO2の問題、オゾン層の破壊など、人類の生存条件そのものが危機にさらされています。

 これらの矛盾は、永久に解決不能なものとして、人類が甘受すべきかどうかが、二十一世紀には問われてくると思います。私たちは、人類がこの矛盾をのりこえて未来社会――社会主義・共産主義社会にすすむ条件が、二十一世紀という百年の単位でみましたら、地球的な規模で熟していくという展望をもっています。ですから、「共産党」という名前は、こんごも大事につかっていきたいと思います。

 一言申しますと、「コミュニズム」の語源は、ラテン語の「コムニス」にあります。「コミニティーセンター」なども同じ語源からくるものです。自由な人間の共同社会というのが、私たちの目標なのです。

イラクへの派兵――実施許さないたたかいを

 志位 つぎにイラクにたいする派兵の問題についてお答えします。

 この問題は、日本の国会では、法律が強行されましたが、実施はこれからです。現地ではいよいよ治安状況が悪くなるという報道が伝えられます。これは根本的な矛盾のうえに起こっていることだと思います。すなわちこの戦争が無法だったということです。そして占領も不法です。いま起こっているのは、フセインの残党による攻撃だけではありません。イラクの市民による抵抗も起こっています。これはいまの米英軍の居座りが続く限り、避けられない矛盾です。

いっこくも早く国連中心の復興支援の枠組みをつくり、米英軍を撤退させることが必要なのです。

 くわえていいますと、大量破壊兵器も見つかりません。私は、四月と六月の党首討論で小泉首相にこの問題を追及しました。「あなたはイラクが『保有』していると断言した。根拠を示しなさい」と私が聞きました。これにたいして首相の答えは、「フセイン大統領もみつかっていない。しかしたしかにいた。大量破壊兵器も見つかっていない。だからといってないとは限らない」。私はこの答弁を聞いて耳を疑いました。苦し紛れの答弁かと思いました。しかしそれは違っていました。得意満面の答弁だったのです。彼はハワード首相にまでこのせりふを繰り返したのです。「大義」なきイラク派兵は、いまからでもくい止めたいと思っています。

 (質問された記者の方は)ヨルダンの方と聞きました。わが党の代表団は、イラク戦争の前に、ヨルダン、イラク、サウジアラビア、エジプト、UAE、カタールという国々を訪問して、平和解決のための外交努力を行いました。ヨルダンは、国会副議長が丁重な応対をしてくださり、いい話あいができました。ヨルダン政府が戦争回避のために、いかに苦労されているかもよくうかがいました。

 その後、私自身も、インド、スリランカ、パキスタンを訪問して、これらの国々の政府との会談で、イラク戦争反対での合意をえました。インドではフェルナンデス国防大臣と会談をしましたが、つい最近、インドがイラクへの派兵計画を中止したというニュースを聞き、たいへん嬉しい思いです。パキスタンも、米国との関係で困難な状況であっても、派兵を決めていません。米国いいなりに派兵をしようとしているのは、わずかな国々だということを日本政府は知るべきです。私たちは最後までこれに反対します。