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日本共産党 幹部会委員長 衆議院議員 志位和夫

「何でもコラム」をはじめるにあたって

2002年4月11日  志位 和夫

 この「何でもコラム」のコーナーでは、私が、日々の仕事と生活のなかで、考えていること、感じていることを、いろいろなテーマで書いてみたいと考えています。息長く続けていくつもりですが、まずは、私が愛してやまない音楽にかかわって、日ごろ考えていたことを「音楽雑記帳」と題して、はじめていきたいと思います。気軽にお読みいただければ、幸いです。


■音楽雑記帳(1)――「不意打ちの感覚の誘発」(リヒテル)

 私は、スヴャトスラフ・リヒテル(1915−97)を、音楽史上最も偉大なピアニストだと思っています。もちろん、私が、歴史上のまた世界のあらゆるピアニストの演奏を聴いたはずもなく、それは私が勝手にそう思い込んでいるだけのことですが、それほどまでに、リヒテルのピアノの魅力は、「これ以上のものはありえない」と思わせるような有無をいわさぬ力があるのです。

 私が、このピアニストの演奏をはじめて「見た」のは、たしか1970年の来日のさい、テレビの画面をつうじてでした。私が高校1年生のときのことです。プロコフィエフの超絶技巧のピアノ・ソナタの演奏でしたが、巨大な人が、巨大なスケール、巨大なエネルギーで演奏をする姿に、ただただ驚嘆したことを、覚えています。

 リヒテルの生の演奏に接するようになったのは、1980年代に入ってからでした。妻と二人で、来日するときには、ほとんど欠かさず通いつめました。たちまち熱烈なファンになりました。リヒテルの演奏の思い出は、つきないものがあり、言葉で表現することは適切でなく、不可能でもあるのですが、その演奏の特徴を、リヒテル自身の言葉で、もっとも適切にいっているのは、つぎの言葉にあるように、私には思われます。リヒテルが彼の師であるゲンリフ・ネイガウスに何を学んだかをのべている言葉です。

 「1年目にあたえられたもう一つの課題曲は、リストの《ソナタ》でした。この傑作がはらんでいるもっとも重要なもの、そしてネイガウスが教えてくれたものは、曲のなかに散在する沈黙です。どうすればそうした沈黙が響かせられるかということです。彼のおかげで、ちょっとした策略を自分で編み出しました。ささやかながら危険な策略でして、他の人が使ったらおそらくうまくいかないでしょうが、私には大いに役立ちました。要は、曲の出だしです。実際、この出だしの部分に何があるかと言えば、ただひとつの音以外に何もありません。ソの音です。この何ということもないソの音を、何か非常に特別なもののように響かせるにはどうすればよいか。やり方はこうです。私は舞台に登場します。腰を下ろしたあと、身じろぎひとつしません。自分を空っぽにしながら、心の中で1、2、3、・・・と、非常にゆっくり30まで数えます。聴衆はパニックに陥ります――『いったいどうしたんだ。気分が悪いのか。』そのとき、そのときはじめて、ソを鳴らします。こうして、この音は、望んだとおりに、まったく不意に鳴るのです。もちろん、そこには一種の芝居があります。しかし私には、演劇的要素というものが、音楽のなかでとても大事なもののように思われます。不意打ちの感覚を誘発することが肝心なのです」。「不意なもの、思いがけないもの、それこそが感銘を生みます。私がネイガウスのもとに見つけにきたもの、そして彼が開示してくれたものは、それでした。」(『リヒテル』、ブリューノ・モンサンジョン、中地義和・鈴木圭介訳、筑摩書房、2000年)。

 たしかに、リヒテルの演奏は、「不意なもの」「思いがけないもの」の連続でした。そこには、陳腐なもの、紋きり型のものは、何もありません。信じられないほど速い(あるいは遅い)テンポ、目の眩むような強弱のコントラスト、音色の驚くべき豊かな多彩さ、恐ろしいほどの厳格さとファンタジーの混在、そしてそれらのすべては、作曲家と作品から離れた奇抜さではなく、作品そのものにごく自然にとけあった「思いがけなさ」なのです。まさしく楽譜の命じるままに弾いた「思いがけなさ」。

 リヒテルは「30まで数える」エピソードを語っていますが、ステージに登場して、椅子に座るや否や、一瞬の間もなく、弾き始めることもありました。その時は聴衆は大慌てで、拍手をやめなければなりません。その一瞬、一瞬は、永久のものとなります。永久に脳裏に刻まれるような新鮮さをもってよみがえってくるのです。

 「不意なもの、思いがけないもの、それこそが感銘を生みます」。リヒテルのこの言葉は、私が、日々働いている分野でも、共通する真理であるように思います。まだまだいかに紋切り型が多いことか。いかに新鮮な言葉と論理で、国民のみなさんの気持ちをとらえるか。つねに私自身の努力の課題にもしていきたいと思うのです。

(2002年4月10日記)


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